2009年12月20日日曜日

三富新田 所沢市<この街に生きる

三富新田 所沢市<この街に生きる
2009年10月20日 読売新聞を抜粋編集

所沢市の米軍所沢通信基地から住宅地を抜け、北東方向に車を走らせると、細長い短冊状の畑が無数に並んだ景観が目に飛び込んでくる。それぞれの “短冊”の端には、木造家屋がどっしりと構える屋敷地、反対側の端にはこんもりとした平地林がある。この広大な一帯が、江戸時代に開発された新田集落の姿 を今に残す「三富新田(さんとめしんでん)」だ。

三富新田は、上富、中富、下富の3地区の総称。三富を「さんとみ」と読む人もいる。元禄7年(1694年)に川越藩主となった柳沢吉保の命で、約1000ヘクタールの原野をもとに開拓された。現在、上富は隣接する三芳町、残り2地区は所沢市に属する。

中富、下富地区では、収穫量県内一を誇る所沢特産のさといもの収穫・出荷が本格化する。

地元農家46人からなる同会は、収穫したさといもなどを持ち寄って審査する会合を毎年秋に実施。県川越農林振興センターの協力を得ながら、上位入賞者の畑を翌年、研究して参考にしたりして、栽培技術の向上を図ってきた。

近年、都市近郊の緑として平地林が注目を集めているが、「林が残ったのも、農業が続いてきたからこそだ」と栗原さん。「農業を続けるためには、必要な変化もある」とし、望ましい営農環境作りの模索を続けている。

三富新田ウィキペディア