小説「天の園」記念碑 東松山<この街に生きる
2009年4月21日 読売新聞を抜粋編集
東松山市の、唐子地区は今も清流・都幾(とき)川や田んぼが広がる自然豊かな地域だ。その中心部、唐子中央公園の一角にある石の記念碑には、こんな言葉が刻まれている。
<景色でおなかのくちくなる(=おなかいっぱいになる)ような子どもに育てます>
幼少期をこの地で過ごした作家・打木村治(うちきむらじ、1904~1990年)が書いた児童文学小説「天(てん)の園(その)」(72年)の中で、主人公「河北(かわきた)保」の母が述べた言葉だ。
「天の園」は明治後期から大正期、打木が小学校時代まで過ごした唐子村を舞台に書かれた全6部の長編小説で、「河北保」は小学校時代の打木がモデル。川で魚を取ったり泳いだりし、野山を駆ける子どもたちと、その成長を優しく見守る大人たちの様子が生き生きと描かれている。
作中には「代官屋敷」と呼ばれる家が登場する。そこでよく遊んだという松本礼子さん(64)は、「それはもう大きな家で、皆で走り回ったものです。もっと早く小説が出ていれば、市が保存していたはず」と残念がる。
「日本人の忘れたものが全部入っている」。数年前にこの地区に移り住んだ室田朱実さん(53)も、「天の園」にほれ込んだ。新座市で小学校教師を務める傍ら、東大や埼玉大で教育の実践論を教えていたが、偶然訪れた唐子地区の美しい風景に魅了され、そこで出合った「天の園」を教育に生かそうと、教師を早期退職して移住。昨年から小説の世界を広め、残す活動を始めた。地区内で古民家を改装し作った丸太小屋で、今年から「雲の大学」と題し、2か月に1度、小説から様々なことを学ぼうとサロンを開く。
「人と人とのふれあい、自然の大切さ。この小説が広まれば、教育や子育てがもっと良くなっていく」。室田さんはそう信じている。