2008年9月30日火曜日

ときがわ町の魅力の情報発信が目標 鈴木香菜子

2008年9月?日 埼玉新聞を抜粋編集

“ダブルスタンダード”。昨年、駅置きの雑誌にこんな見出しを見つけた。そこには、都会と田舎に家を持つ――ダブルハウス(二つの家を持つ)生活の魅力も紹介されていた。当時、都内に住みながらもときがわの住宅購入に揺れていた私にとって、まさに二地域居住を後押ししてくれるような内容であった。
 しかし、ほぼ毎週末帰郷し改めて感じた、緑や星空の美しさ、おいしい空気と水――をいつでも堪能したくなり都会を捨て田舎に帰ってきてしまった。約5年ぶりに、ときがわが私の拠点になった。
余談だが、※1の資料は、ときがわ町内の私の年代の動きである。昨年度1年間で87人、5歳ごとの人口の動きでは、5年間のうちに194人が町外へ出たことがわかる。私の周囲には確かに進学や就職、あるいは結婚のため地元を離れてゆく友人・知人は多いと感じていたが、数字でも明らかだ。
「結婚で男女とも町外に出て行くケースが多い」と役場職員の方がおっしゃるところ、私の独身での帰郷はレアケースのようである。

それはさておき、2年前に都幾川村は玉川村と合併しときがわ町となり、漢字からひらがなに自治体名が変わったことよりもっと大きな変化がここには起きているように感じる。
ときがわ町で、「芸術関係の人が、文化度が高いときがわに移住したがっている」と古物商のおばちゃんが言ったかと思えば、「ときがわにギャラリーを持ちたい」、「ここが好きで工房を設けた」、「インスピレーションを感じて居場所にした」と実際に芸術家のみなさんにもたくさん出会った。定年を機に田舎暮らしに憧れ自宅を持たれる方、「豊かな自然に触れたくなる」という都市部の住民の方々とも温泉などでこの町の魅力について語り合った。新たな出会いのほとんどが元気な中年の方々だ。都会の喧騒を離れ、田舎に非日常を求めに来るのではなく、非日常を日常に変えられるパワーをもつ大人が集まっているのだ。その人数は……また次回。

思えば、丸一年、「ときがわが好き」という言葉を探すことに奔走した。それは、“戻ってきて良かった”という自己肯定の理由探しだったような気も、これからはじめることの市場調査であった気もする。
近年、町の政策で光ファイバー網が敷かれる。ときがわ生活の魅力を若い大人にも感じてもらえる情報発信が私の目標だ。

※1
◇平成19年4月1日~同20年3月31日の20~29才(同20年3月31日現在1,547人)の転入出
転入―136人 転出―223人……その差87人
◇5歳ごとの年別人口推移データ抜粋
●平成16年3月31日 20~24才人口 909人(旧都幾川村、玉川村合計数)
●平成20年3月31日 25~29才人口 715人
……年代がひとつ上の階層にスライドすると、194人減
(以上、外国人を含む人数 ときがわ町調べ)

【鈴木香菜子】
1980年生まれ ときがわ育ち
大学卒業後、出版社勤務のため上京。
村を離れるが、昨年自宅購入と同時に帰郷。
じもとメディア、特定非営利活動法人川越奥武蔵観光情報学研究会理事。

2008年9月28日日曜日

対決・お国自慢:蔵の街 栃木市VS川越市

2008年9月26日 毎日新聞

趣のある日本建築が並ぶ地方都市を「小江戸」と呼ぶ。中に蔵造りの建物があると、街には一層、情緒が増す。「蔵の街」と呼ばれる栃木市と埼玉県川越市はそんな都市の代表だ。街づくりに取り組む2人に、それぞれの街の良さを語ってもらった。【中村藍、鈴木賢司】

◆栃木県・栃木市

◇商都の繁栄を今に--栃木蔵街暖簾会事務局長・殿塚治さん(58)

栃木市は江戸時代、市内を流れる巴波(うずま)川の舟運と、朝廷から日光東照宮に派遣された使者が通る道(例幣使道(れいへいしどう))の宿場町、商都として発展しました。当時は周辺で麻が豊富に採れ、巴波川を通じて江戸に出荷していました。

市の中心にある大通りの幅は10間(約18メートル)で、当時と変わっていません。広々とした歩道を散策しながら、伝統的建造物が多く残る街並みを楽しむことができます。

07年には江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿の肉筆画が市内で発見されました。当時は文化人の交流も活発だったようです。廃藩置県の後、明治4(1871)~17(1884)年には県庁も置かれました。

小説家、山本有三の出生地であり、大正、昭和期の女性作家、吉屋信子も多感な少女期をこの街で過ごしました。明治8(1875)年には、栃木女学校が全国の公立女学校としては3番目に創立されました。教育に熱心な土地柄だったようですね。

観光イベントは活発で、とりわけ10、11月に集中しています。明治初期からの歴史があり、江戸型人形山車が繰り出す「とちぎ秋まつり」をはじ め、最近始まったばかりの新しい祭りもたくさんありますよ。秋にひな人形を飾る「お蔵のお人形さん巡り」は、全国的にも珍しい催しでしょうね。蔵を上映会 場に使った映画祭や古楽器を使った音楽祭など、中心市街地で開催される祭りは年に20回以上もあります。

栃木県ならではの地の利もあります。都心から近いだけではなく、高速道路や電車を使って那須、日光、益子など周辺の観光地にも足を延ばすことができます。商店街など昔から住んでいる人が多く、マンションが比較的多い川越市とは違った魅力があると思います。

◇メモ

栃木県南部に位置する商業都市。都心からは東武鉄道や東北自動車道でアクセスできる。中心市街地には508棟の伝統的建造物が建ち並び、うち217棟は蔵。美術館や資料館として公開されているものもある。

◆埼玉県・川越市

◇商家が醸す生活感--川越蔵の会会長・原知之さん(52)

江戸から大正時代に建てられた黒く重厚な蔵造りの商家20軒や洋風建築などが、「一番街通り」という県道を中心にまとまって残っているのが川越の特徴です。

「通り」の商店街では昭和50年代、駅前に客が流れ、若手商店主らが対策を考え、生まれたのが「川越蔵の会」でした。「商店街を活性化させること で蔵を保存する」との提言が、商店主たちに受け入れられ、蔵を生かした街づくりの考えが広がりました。年間600万人近い観光客が訪れるのは、東京に近い 地の利もあるでしょうが、行政の協力も得ながら商店街と蔵の会、自治会など住民が一体となっていることが大きいと思います。

看板の設置や店舗改装をする際は、87年に商店街が設けた町並み委員会に諮ることになっています。景観を損ねず統一感を保つためです。学識者や蔵 の会会員、地元自治会役員ら25人に市もオブザーバーで加わり、独自の「町づくり規範」を基に施工主や設計者らと話し合います。塀なども対象にして「こう したら良いのでは」と提案しています。秩序ある景観を保つため、住民たちが自主的に規則を決め話し合うのは全国的にも珍しいのではないでしょうか。

92年には、一番街通りの電柱・電線が地中に埋設され、すっきりした景観になりました。昨年は県が歩道をしゃれた石畳に変え、商店街が街路灯も取り換えました。街路灯は昼は目立たぬよう低く設置し、夜は蔵をライトアップしています。

川越の蔵は店蔵(みせぐら)といって商いをする建物です。奥の住居棟と一体となっており、生活の息吹が感じられます。金物、和菓子、時計など地元住民に商いをしてきた専門店が多く残るのも、川越の歴史と生活感を感じさせ、魅力となっています。

◇メモ

江戸時代、川越藩の城下町で、荒川・隅田川へ続く川の舟運で栄えた。1893(明治26)年の大火後、耐火建築の蔵造りの商家が建てられた。周辺約7万8000平方メートルが99年、重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた。

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■人物略歴

◇殿塚治さん

1848年創業の人形店、三桝(みます)屋代表。1984年、栃木市で最初の民間まちづくり団体、栃木蔵街暖簾(のれん)会を創設。NPO全国町並み保存連盟常任理事も務める。

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■人物略歴

◇原知之さん

川越市生まれ。蔵造りの町並みにある陶器店「陶舗やまわ」3代目社長。川越一番街商業協同組合の前理事長。01年からNPO法人「川越蔵の会」4代目会長を務める。

2008年9月25日木曜日

江戸期以降、寺子屋にも利用 高麗家住宅 日高市

2008年9月24日 東京新聞を抜粋

<【名建築を訪ねる】

 緑豊かな「カワセミ街道」沿いに、奈良時代創建と伝わる「高麗(こま)神社」がある。その境内に、どっしりとたたずむかやぶきの古民家。代々、神社の祀職(ししょく)を務めてきた高麗氏の旧宅だ。

 大和朝廷は、朝鮮半島の高句麗(こうくり)滅亡後(六六八年)に日本列島に渡った渡来人を、現在の埼玉県日高市や周辺一帯に集めて武蔵国高麗郡をつくった。高麗氏はその地を治めた高麗(こま)の王若光(こきしじゃっこう)の子孫。高麗神社には高麗郡の開拓と治世に力を尽くした若光が祭られている。

 高麗家の家伝によると、住宅は江戸時代初期の慶長年間(一五九六-一六一五)に建てられたとされる。山を背にして立つ住宅は、入り母屋造りかやぶき屋根で、広さ約百二十二平方メートル。外壁には弓矢避(よ)けとされる木製格子が並ぶ。

 屋内に足を踏み入れると、大黒柱がなく、何本もの細い柱が、ケヤキやマツの木などでできた梁(はり)を支えているのに気付く。異なった大きさの四部屋で構成している「古四間取(こよまど)り」という構造。江戸時代の典型的な民家は、大黒柱を中心に各部屋をほぼ同じ大きさに配置しているが、古四間取りはそれ以前に用いられた構造という。

 四間はそれぞれ「表座敷」「奥座敷」「部屋」「勝手」と呼ばれる。

 書院造りの「表座敷」は太い梁が縦横に走り、奥行きが十五センチしかない簡易な床の間の一種である押板がある。「奥座敷」には通常の床の間があり、客人用の別の一室とつながり一組になっている。「部屋」は土壁で覆われており、産所として使われていた。

 住宅は一九五〇年代まで高麗家の人々が住居として使用していた。江戸時代以降、表座敷が寺子屋として利用され、土間が獅子舞のけいこ場となるなど、地域住民にも親しまれた。

 住宅は建てられてから一度も移築されていない。近世初期の民家の遺構を残し宗教者の生活空間でもあるという理由から七一(昭和四十六)年に国の重要文化財に指定された。七六年から一年かけて解体修理し、当初の構造を復元した。

 高麗家住宅の土間には、足踏み脱穀機や、背負い梯子(ばしご)など、昔懐かしい農機具が展示されている。前宮司が中学校教諭を務めていた1950-60年代、機械化が進み各地で使われなくなった道具を集め、入場者に農具の歴史を伝えようと置いた。

2008年9月21日日曜日

地粉使ったうどん販売 加須市

 2008年9月20日(土)埼玉新聞を抜粋編集

 加須市の地場産小麦(地粉)「あやひかり」や「農林61号」を使った手打ちうどんの販売が、二十日から市内のうどん店十店で本格的に始まる。

 参加店の目印は「加須産小麦あやひかり 手打ちうどん」と書かれたのぼり旗。小麦がなくなる三月ごろまで販売するという。

 問い合わせは、市商工会内の加須手打うどん会事務局(TEL0480・61・0842)へ。

2008年9月20日土曜日

川越の地酒開発、農商工連携事業計画に認定

2008年9月20日、各紙

関東経産局などが農商工連携事業計画15件を認定しました。
小江戸鏡山酒造の地酒の開発も認定を受けました。

2008年9月18日木曜日

埼玉県、訪日外客誘致へインバウンドツアー発表

2008年9月13日観光経済新聞を抜粋編集

 埼玉県外客来訪促進計画推進協議会(荒井康博会長=埼玉県観光振興室長)は2日、埼玉県内に訪日外国人旅行客を誘致するインバウンドツアー「True Japan」を発表した。

 設定したツアーは全部で42コース。「日本のまつり『The MATSURIサミット』と鉄道博物館」(東秩父村、さいたま市)、「日本の手作りロケット『龍勢まつり』と秩父の花々」(秩父市)、「着物を着て蔵造りのまちを歩くサムライ・芸者ショーと温泉」(川越市)、「日本にしかないギャンブル体験川口オートレース」(川口市)などで、「『日本の四季=花・自然・祭り』をテーマに埼玉の魅力を体験できる内容にした」(北川秀樹・埼玉県観光振興室副室長)という。

 ツアーの申し込みができる専用の英文ウェブサイト(http://truejapan.jp/)を開設したほか、英文パンフレットを10万部作成。東京都内のホテル、成田空港、JNTOの海外拠点、旅行会社の海外拠点など約200カ所に設置する。パンフレットには、秋、冬、春、夏の観光情報とツアー商品、道路地図と鉄道路線図、鉄道沿線の観光情報、レンタカープランの紹介などを盛り込んだ。
 埼玉県は、外国人観光客を県内に誘致するため、「埼玉県外客来訪促進計画」を07年3月に策定。16の市町村(さいたま市、川越市、川口市、行田市、秩父市、飯能市、東松山市、新座市、日高市、小川町、横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町、東秩父村、寄居町)を促進地域に指定し、05年に約14万人だったインバウンド客を10年までに25万人にする計画を立てた。

 08年1月には、県、16市町村、鉄道事業者、旅行業者などで構成する埼玉県外客来訪促進計画推進協議会を発足した。

 06年に東京を訪れた外国人観光客が約420万人で、日本のインバウンド客の約60%に達していることから、同協議会では東京を訪れる外国人客を誘客ターゲットに設定。同協議会が今年6月に実施した企画コンペにHEJとJTBグローバルマーケティング&トラベルが応募し、HEJが事業の委託を受けた。委託費は390万円。

 同協議会のメンバーは、県、16市町村、埼玉県観光連盟、JR東日本大宮支社、東武鉄道、西武鉄道、秩父鉄道、日本旅行業協会埼玉地区会、埼玉県旅行業協会、パレスホテル大宮、国交省関東運輸局、日本政府観光局(JNTO)、埼玉県国際交流協会。

2008年9月16日火曜日

県との協働に意欲 みどりと川の再生

2008年9月14日(日)埼玉新聞を抜粋編集

埼玉県を中心に関東各地の環境団体が一堂に集まる「東京湾と荒川・利根川・多摩川を結ぶ水フォーラム2008」が、大宮ソニックシティで開かれ、約三百人が参加した。二〇〇八年度から県が「みどりと川の再生」を重点施策としたことから、フォーラムでは県と“協 働”での河川の浄化や緑の保全へ各市民団体が意欲を示した。

フォーラムのテーマは、ずばり「県のみどり と川の再生元年を語る」。まず、呼び掛け人のNPO法人水フォーラム代表で、同実行委の大石昌男委員長が「県は、この事業を『県民参加型』と言っている。 私たちに門戸が開かれるのはうれしいこと。既に各地で市民団体と県の協働が進んでいる」とあいさつした。

県から「みどりと川の再生」の担当者も出席し、事業の概要を説明。質 疑応答もあり、会場からは「ぜひ頑張ってほしい」と称賛の声が上がる一方、「『多くの人に参加してもらいたい』と言うが、市民が一人もいないモデル河川も ある」など鋭い指摘もあり、県の「川とみどりの再生」に対して、環境団体が高い関心を寄せていることを物語っていた。

2008年9月14日日曜日

何もなくても観光はできる <坂戸市

何もなくても観光はできる <坂戸市

サツマイモ文化普及へ 紅赤発見110年でDVD 川越友の会

 2008年9月14日(日)埼玉新聞を抜粋編集
 
 川越地域や千葉県など関東の一部で生産されている幻のサツマイモ「紅赤」を中心にサツマイモの由来や文化を分かりやすく解説したDVDビデオ「サツマイモ再発見~幻のいも『紅赤』一一〇年~」(約三十分編集)の上映発表会が十三日、さいたま市浦和区の市立北浦和図書館で開かれた。DVDは、サツマイモ文化の普及活動に取り組んでいる市民団体「川越いも友の会」(ベーリ・ドゥエル会長)が紅赤の発見から百十周年を記念し、暮らしの映像社(本社・川越市)とともに制作。この日は来月十三日からの限定販売(三百本、一部二千五百円)を控えて、「紅赤」発見の地の浦和市(現・さいたま市)で初の一般公開となった。

 ◇サツマイモの伝来

 友の会などによると、サツマイモの原産地は中南米。日本には十六世紀から十七世紀にかけて、中国から沖縄経由で鹿児島に伝来。一七三二年の享保の大飢饉(ききん)の際、サツマイモを栽培していた長崎と鹿児島で死者が出なかったことから、徳川吉宗がサツマイモの研究を命じたのが全国に普及するきっかけだった。

 干ばつに強く、やせた土地でも生産できることから、特に水はけが良すぎる関東ローム層の武蔵野台地で熱心に導入され、川越のサツマイモは江戸後期の焼き芋ブームに乗り、新河岸川を利用して大量に江戸に流通するなど、サツマイモの代名詞となった。

 ◇紅赤の由来

 紅赤は一八九八(明治三十一)年、木崎村針ケ谷(現・さいたま市浦和区)の山田いちさんが自分の畑から突然変異した鮮紅色のサツマイモ七株を発見。食べたところ、非常に美味だったため、試作して増やし、都内の市場に出荷。従来のサツマイモより味がよかったことから評判となり、甥の吉岡三喜蔵さんが「紅赤」と命名、各地に普及させたという。

 ◇発見者の子孫らも収録

 DVDは、二〇〇六年十月から今年八月までの約二年間を費やし関係者や関係場所を取材、撮影して編集。川越市をはじめ所沢市や入間郡三芳町のサツマイモ由来の菓子店や神社、資料館などを紹介しているほか、紅赤発見者のひ孫に当たる山田精一さん(71)や吉岡三喜蔵さんの三女ふきさんなどのインタビューも収録されている。

 冒頭、山田さんは「いちさんが発見時の株をすべて食べていたら、紅赤は世に出なかったという人もいます。今回のDVDは後世に残ると思っている」などとあいさつ。吉岡さんは「いちさんと三喜蔵さんは同じ年に亡くなっており、それから今年で七十年が経過。もし、二人がDVDの完成を知れば、大変喜んだでしょう。市内に置かれたDVDをできるだけ多くの市民に見てもらいたい」と話した。

 今年六月まで運営されていた川越市のサツマイモ資料館の元館長井上浩さんが「幻のサツマイモ『紅赤』とは」、精一さんの父親などに取材して童話「紅赤ものがたり」を創作した童話作家の青木雅子さんが「山田いちさんと吉岡三喜蔵さんらの人柄」をテーマにそれぞれ講演。その後、DVDの上映会と感想座談会が行われた。

 ビデオのナレーションも担当した鈴木浩さんは「インタビューを通して、いちさんも吉岡さんも紅赤の作り方を周囲の人たちに優しく教え、より安い値で売っており、二人が欲得なしで紅赤の普及に努めていたことが分かり、感動しました。DVDはサツマイモ文化の映像資料として利用してほしい」と話している。

 DVDの上映発表会は来月十三日、川越市菅原町の妙善寺で催される「いも供養」でも行われる。

 問い合わせは、暮らしの映像社の鈴木さん(090・7174・7402)へ。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 川越いも友の会 1984年、川越地方のサツマイモ伝統文化を保存する市民活動とサツマイモ愛好者や研究者、業者などを結ぶ文化活動を目的に結成。シンポジウムや講演会、料理講習会などに取り組んでいるほか、サツマイモに関する小冊子を編集、発行。これまでに農村地域文化賞最優秀賞、サントリー地域文化賞、県文化ともしび賞などを受賞している。現在の会員は約40人。

曼珠沙華咲き始める 日高の巾着田

 2008年9月13日(土)埼玉新聞を抜粋編集

 巾着田のマンジュシャゲは日本最大級で、百万本が開花するといわれる。見ごろは二十日ごろ。十五日からは入園料二百円が必要になる。

 西武鉄道は客の利便性を図るため、十三日から三十日まで特急レッドアロー号を増発、最寄りの秩父線高麗駅に臨時停車させるほか、飯能―高麗駅間の普通電車も増発する。

 同期間中は高麗駅前に現地への道案内や開花状況などを案内する「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)・花さんぽステーション」を開設する。開花状況テレホンサービスはTEL0180・994・574。

2008年9月9日火曜日

川越らしい街づくりを 住民ら自主ルール策定

2008年8月31日東京新聞を抜粋編集

本川越駅と、蔵づくりの一番街とを結ぶ県道本川越停車場線(中央通り線)の道路拡幅に伴い、川越らしい街並みをつくろうと地元住民らでつくる「中央通りまちづくり委員会」は、建物の色彩や看板デザインなどについて自主的なまちづくりルールを策定した。

中央通りの拡幅は、約三百メートルの区間で道路幅員をこれまでより九メートル広げ二十メートルにし、歩道も約二メートルから五メートルに広げる計画完成は二〇一五年度の予定。

自主ルールは次の通り。
▽蔵づくりの街並みの玄関口にふさわしい色彩の建物にする
▽建物一階部分に鉢植えやベンチなどを設けて人を招き入れるしつらえにする
▽店の看板などの広告物は建物の色彩と調和して落ち着きあるデザインにする

また県には次を要望する。
▽バリアフリーの道
▽街路樹の場所や高さは川越まつりの実施を考慮
▽訪れた人がくつろげるようなゆとりある空間の歩道整備

自主ルールにとどまらず実効性を高めようと、川越市は都市景観条例を改正して同地区を色彩やデザインを規制する地域に指定することや、都市計画法に基づく地区計画を定めることなどを含めて、中央通り沿道の建築規制をする検討を始めた。

2008年9月5日金曜日

シュウカイドウ 淡紅色愛らしく ときがわ

 2008年9月4日(木)埼玉新聞を抜粋編集


  ときがわ町椚平(くぬぎだいら)地内の山斜面に自生するシュウカイドウ(秋海棠)が2、3センチの淡紅色の愛らしい花を咲かせ、訪れた人を楽しませている。見ごろは9月中旬ごろまで。

 群生地は約100ヘクタール。シュウカイドウは多年草で、原産は中国南部。園芸用の種はベゴニアと呼ばれている。

 バス停「椚平」を左折し徒歩7分。くぬぎむら体験交流館から徒歩10分。

2008年9月3日水曜日

2008年9月2日火曜日

嵐山町長選 岩沢氏が再選

 2008年9月1日(月)埼玉新聞を抜粋編集

 嵐山町長選は、無所属で二期目を目指した現職の岩沢勝氏(66)が、再選を果たした。
 岩沢氏は前回の公約通り行財政改革に取り組み、「町の負債を11億円削減した」と一期4年の実績を強調。
さらに自宅から目的地まで乗り合いで行く「ふれあいタクシー」の運行などを公約に掲げ、組織選を展開した。

2008年9月1日月曜日

前議長・小峰氏初当選 鳩山町長選

08/07/07 mediajamを抜粋編集

 鳩山町長選は、新人で前町議会議長の小峰孝雄氏(50)が、三選を目指した現職の保積力氏(63)を五百四十九票差で破り、初当選した。「草の根」「若さ」が奏を功した。

ものづくりスタンプラリー 産業観光

ものづくりスタンプラリー
産業観光の82施設
下は川奥観研地区

 25 滑川町エコミュージアムセンター(滑川町)
 26 (株)松本醤油商店(川越市)
 29 埼玉伝統工芸会館(小川町)
 30 東秩父村和紙の里(東秩父村)
 31 宮崎畳店(吉見町)
 32 きまま工房 木楽里(飯能市)
 33 三島食品株式会社関東工場(坂戸市)
 34 (株)埼玉種畜牧場(サイボクハム)(日高市)
 35 (有)加藤牧場(日高市)
 36 松岡醸造(株)(小川町)
 37 五十嵐酒造(株)(飯能市)
 38 弓削多醤油(株)「醤遊王国」(日高市)
 39 長澤酒造株式会社(日高市)
 40 (株)新井園本店(所沢市)
 41 独立行政法人宇宙航空研究開発機構 地球観測センター(鳩山町)
 42 うちわ工房しまの(越生町)
 43 丸木美術館(東松山市)
 44 平和資料館(東松山市)
 45 独立行政法人国立女性教育会館(嵐山町)
 46 埼玉県立嵐山史跡の博物館 (嵐山町)
 47 所沢航空発祥記念館(所沢市)
 48 毛呂山町歴史民俗資料館(毛呂山町)
 49 埼玉県こども動物自然公園(東松山市)
 50 国営武蔵丘陵森林公園(滑川町)
 51 狭山丘陵いきものふれあいの里センター(所沢市)
 52 さいたま緑の森博物館(入間市)
 68 ウム・ヴェルト・ジャパン(寄居町)
 70 (株)藤崎摠兵衛商店(寄居町)
 73 埼玉県立川の博物館(寄居町)