2010年1月30日土曜日

埼玉地酒 じわり人気 出荷量伸び全国一 

埼玉地酒 じわり人気 出荷量伸び全国一 
2010年1月29日 読売新聞を抜粋編集

 “埼玉地酒”の人気がじわじわと広がっている。昨年1~9月の全国の清酒出荷量が4・4%減と振るわない中、埼玉は2・2%増と全国トップの伸び率を記録した。むろん量そのものでは、兵庫、京都といった上位陣に大きく水をあけられている。県内に35ある酒蔵は、創業200~300年と歴史のある酒蔵も多い。県や酒造組合は知名度アップに懸命だ。

 県内は、利根川と荒川の豊かな伏流水に恵まれ、古くから酒造りが盛んな土地柄。環境省が2008年6月に発表した「平成の名水百選」でも全国最多の4か所が選定され、「県内の水は軟水で口当たりの良いまろやかな酒ができる」(県酒造組合)という。

 県産の日本酒は、酒類総合研究所主催「全国新酒鑑評会」でも好調で、08年は出品12点のうち8点が金賞、受賞率66・7%は全国平均26・6%を大幅に上回った。09年も5点が受賞した。

 県農林総合研究センターが開発し、03年から作付けが始まった県独自の酒米「さけ武蔵」の評判も上々で、現在は17蔵が使用し、作付面積が広がっている。

 県の08年度の出荷量(課税移出数量)は約1万9689キロ・リットルで全国7位。全国平均を上回る伸び率で、06年度の8位から順位を上げ、6位の千葉にも肉薄。一方の消費量も全国5位で、埼玉は“隠れた酒所”だ。

 とは言え、兵庫(約19万5234キロ・リットル)、京都(10万8991キロ・リットル)、新潟(4万8297キロ・リットル)のトップ3には遠く及ばないのが現状。

 県は08年1月、「地酒で乾杯」を合言葉に「埼玉地酒応援団」を結成。上田知事が顧問を務め、各種会合などでPRに努めている。130人だった団員は470人にまで増え、応援団のホームページでは地酒が飲める店の紹介も行う。

加須市の花咲徳栄 選抜へ 7年ぶり2度目

加須市の花咲徳栄 選抜へ 7年ぶり2度目
 2010年1月30日(土) 埼玉新聞を抜粋編集
 
埼玉からは一般選考で、花咲徳栄(坂巻守男校長、生徒数1917人)が7年ぶり2度目の出場を果たした。県勢の選抜大会出場は、2008年に準優勝した聖望学園以来2年ぶり。

 選抜大会の組み合わせ抽選会は3月13日に行われ、出場32校の対戦相手が決まる。

龍勢のまち(旧吉田町)  秩父<この街に生きる

龍勢のまち(旧吉田町)  秩父<この街に生きる
2006年6月15日  読売新聞を抜粋編集

秩父市の北部、人口約6000人の吉田地区(旧吉田町)。〈龍勢(りゅうせい)のまち〉として知られる。地区の鎮守・椋(むく)神社の秋祭りに奉納される龍勢は、またの呼び名を農民ロケットともいい、人々の五穀豊穣(ほうじょう)の願いを乗せて天高く飛翔(ひしょう)する。

龍勢は、15~18メートルほどの竹ざおに「筒」と呼ばれる、火薬を詰めた70~80センチの松の丸太を付けた手作りロケット。白煙を吐いて数百メートルも上る様を天に昇る龍に例え、この名が付いたとされる。

龍勢には、稲わらで作った龍などの飾りを付けたり、空中で見栄えがするようパラシュートや唐傘といった仕掛けを付けたりと、様々な工夫が施される。毎年10月の第2日曜日に開催され、昨年は8万人の観客を集めた「龍勢祭り」は、そんな“龍勢師”たちの晴れ舞台だ。

2010年1月26日火曜日

栃谷 秩父<この街に生きる

栃谷 秩父<この街に生きる
2006年6月14日  読売新聞を抜粋編集

室町時代に始まったとされ、江戸時代に庶民に広まった秩父三十四か所の観音霊場巡り。「一番さん」の愛称で親しまれる四万部(しまぶ)寺は、秩父盆地の東端〈栃谷(とちや)〉にある。

「室町時代後期、この寺は二十四番。江戸からの巡礼者が回りやすいように一番に変わったようです」と前住職の丹羽信孝さん(81)は説明する。一番から三十四番までの行程は100キロに達する。

シーズン開始の春先には、1日数百人も訪れるという現在のような巡礼スタイルが定着したのは戦後からと記憶する。

「今は社会が不安定。大きなものにすがろうとしているのかもしれないですね」と受け止めている。

巡礼宿「旅籠(はたご)一番」は、四万部寺の門前にある。江戸時代、付近に4軒あった旅籠は、巡礼の衰退とともに明治時代以降、姿を消した。1973年、市の後押しもあって旅館業を復活させた。

四万部寺を出発し、約2キロ離れた札所二番の真福寺へ向かう巡礼道沿いにあるそば店「蕎都(きょうと)」には、乗用車で札所を回る巡礼者も足を止める。

影森地区 秩父<この街に生きる

影森地区 秩父<この街に生きる
2006年6月11日 読売新聞を抜粋編集

灰色の山肌をさらす武甲山は、セメント産業を支えた秩父のシンボル。その北西側のふもとに〈影森地区〉が広がる。

明治時代末に石灰岩の採掘が始まって以来、武甲山の山容は大きく変わった。1336メートルあった標高は、山頂付近の採掘で1304メートルに“ちぢんだ”。

影森地区で今も採掘を続けている秩父太平洋セメント三輪鉱業所(小林友好所長)は、72年から、石灰岩の特殊な環境で育つチチブイワザクラやミヤマスカシユリなどの希少植物を保護している。

産業観光 チョー人気  工場見学や職人体験

産業観光 チョー人気  工場見学や職人体験
2010年1月22日 読売新聞を抜粋編集

 工場見学や職人体験などを楽しむ「産業観光」が、埼玉観光の新しい目玉として、注目度を増している。県内を訪れる観光客数全体に占める産業観光客の割合は、近年、上昇傾向をたどり、2007年には初めて、祭り、スポーツに次ぐ3位の座についた。県も産業観光の振興を後押しする姿勢を打ち出しており、モノづくりの現場を巡る客足はますます増えそうだ。

 お菓子や動物をかたどった変わり種消しゴムを作る、八潮市のメーカー「イワコー」。住宅街の一角にある町工場だが、全国から年間1万2000人が訪れる観光名所だ。
親子で参加できる見学ツアー。工場内の機械や、消しゴム作りの工程に、子どもたちは興味津々だ(八潮市大瀬の「イワコー」で)

 以前から近所の小学校の社会科見学を受け入れていたが、3~4年前から一般客の申し込みが急増した。当時、工場見学をテーマとした観光ガイド本の出版ラッシュがあり、10冊近くに「見学可能」と取り上げられたのが契機だったという。

 見学者は休日の親子連れが中心だが、最近は大人だけのグループも全体の2割近くに増加。関西や中部地方からの人もいるという。

 規模の大きさでは、日高市のサイボクハム。ソーセージ・ハム工場見学のほか、レストラン、温泉施設などもあり、年間380万人が訪れる。さいたま市大宮区の鉄道博物館も、年間100万人超を集める人気スポットだ。

 県のまとめでは、07年の県内観光客1億1148万人のうち、産業観光客は13・9%の1549万人。「祭り・各種行事」の2632万人、「スポーツ」の2330万人に次ぐ3位だった。この年、140を超す工場・施設が見学者を受け入れていたという。08年の実績は集計中だが、県幹部は「変わらず好調だったようだ」と話す。

 産業関連の工場や展示施設などを巡る産業観光は、00年頃から全国で注目を集め始めた。県内では03年に10・8%で、「文化財・天然記念物見学」に次ぐ5位だったが、04年から4位に上昇。鉄道博物館が開館した07年から3位になった。

 12日に県が発表した「埼玉『超(ちょ~)』観光立県宣言」は、“全国区”の名所旧跡の少なさを新たな観光資源でカバーするというものだが、県の担当者は「県内には、大手企業の工場やユニークな中小企業、伝統工芸と、産業関連の見所は多い」と胸を張る。

2010年1月24日日曜日

産業技術大賞に「離型剤」 中小企業の革新的製品表彰

産業技術大賞に「離型剤」 中小企業の革新的製品表彰
2010年1月23日(土) 埼玉新聞を抜粋編集 

 県は22日、県内中小企業の革新的で優れた製品や技術を表彰する「彩の国産業技術大賞」の2009年度の受賞企業5社を発表した。

 大賞は、離型剤やエンジンオイルの製造販売を手掛ける青木科学研究所(美里町、青木久治社長)の「画期的な油性型ダイカスト用離型剤の開発による生産性・環境性・経済性の向上技術」。

 鋳造(ダイカスト)したアルミ製の自動車部品などを、金型からスムーズに引き離すため金型に塗る「離型剤」を“油性”で開発。

 油性離型剤は、金型の付着率が格段に良く、塗布量は従来の1000分の1で済み、排水処理も不要にした。金型が長寿命化し、通常サイズの鋳造装置(350トン)だと1台当たり年間1500万円の金型代が削減できるほか、二酸化炭素の大幅削減につながるという。

 奨励賞はフィルターメーカーのindustria(入間市)の「エレメント・レス・フィルター『FILSTAR(フィルスター)』の製品化」。

 特別賞には(1)アキム(坂戸市)の「車載用加速度センサの温度特性検査装置の製品化(2)岩岡印刷工業(三芳町)の「特許技術である『薄紙印刷方法及びオフセット輪転印刷機』による坪量20g/㎡の超薄紙印刷物の実現」(3)シーエスエンジニアズ(さいたま市)の「地震時、液状化現象によるマンホール浮上抑制技術『ハットリング工法』の確立」が選ばれた。

熊木町(くまぎまち)  秩父<この街に生きる

熊木町(くまぎまち)  秩父<この街に生きる
2006年6月10日 読売新聞を抜粋編集

シバザクラで有名になった羊山公園の西側から市役所周辺にかけて広がる〈熊木町(くまぎまち)〉。

地元産の食材にこだわった市役所の隣の食堂「安べえ」は、昼時には多くの人でにぎわう。

2004年9月に開店した店を切り盛りしているのは、越尾博子さん(58)。1998年に引っ越して来るまで、都内で消費生活問題を扱う会社を経営していた。

“田舎暮らし”を実践しようと、大手建設会社の部長だった夫の安博さん(66)と3年がかりで各地を巡った末、住まいを定めた。弁当の配達を手伝う安博さんは「釣りやハイキング、やりたいことが多くて忙しい」と笑顔を見せる。

食堂の常連、角野博昭さん(57)も50歳で工業デザイナーを引退し、都内から移り住んで本町に居酒屋を開いた。「1時間20分で山手線の駅に着く、限りなく都会に近い田舎。自然が豊富で伝統も根付いている」

新旧の住民が、新しい秩父を作っていく。

上町(かみまち) 秩父<この街に生きる

上町(かみまち) 秩父<この街に生きる
2006年6月9日 読売新聞を抜粋編集

秩父神社から南西へ約1キロ。〈上町(かみまち)〉は比較的新しく開けた住宅街だが、甲府と熊谷を結ぶ「秩父往還」沿いには古い町家も残る。一方で、学校や図書館が集中し、文教地区の顔も併せ持つ。

秩父に暮らす人々にとって、夜祭は年に1度、心底のめり込める無上の楽しみ。「生まれたばかりの赤ん坊にも『ほれっ、これが屋台だよ』と見せるから、祭り好きが染み込んでいる」(稲葉さん)というのも大げさではないだろう。

伝統を受け継ぎ、はぐくむ。上町には、そんな顔もある。

2010年1月23日土曜日

地域交流創造フォーラム 2月7日 川越にて

地域交流創造フォーラムが開かれます。

2月7日 1330ー 1630

川越市民会館

1 「川越市における市民活動について」笹森清
2 パネルディスカッション

参加費 500円
申し込み FAX 239-7415 
メール:fukusi.dante@io.ocn.ne.jp

宮側町 秩父<この街に生きる

宮側町 秩父<この街に生きる
2006年6月8日 読売新聞を抜粋編集

秩父鉄道秩父駅から西へ延びるリゾート通り(県道208号)と、みやのかわ大通り(国道299号)が交差する一帯が〈宮側町〉だ。町名の通り、秩父神社に隣接し、かつては「宮ノ側」と表記した。大通りには、既に閉館したものの、東京・浅草国際劇場を模した映画館が偉容をとどめ、往時のにぎわいをうかがわせる。

宮側町は、商店街の活性化を狙ったナイトバザール(夜市)の発祥の地でもある。1987年10月に始まり、以後、毎月第3土曜日に一度も休まずに継続。この5月で223回を数えた。「皆、きまじめで真剣なんですよ。良い伝統ですね」と、ギフト・陶器「きのじや」の5代目込田孝男さん(60)は誇らし気だ。

各店の企画セールだけでなく、毎回、大人も子供も楽しめるゲームが三つあり、一晩に4万人を集めたこともある。全国からの視察もひっきりなしで、一度に800人を超す商店街役員らがやって来たこともあった。

この継続の秘訣(ひけつ)を、みやのかわ商店街振興組合の理事長で「清水金物」3代目の島田憲一さん(55)は「どんなに好評でも、同じイベントは二度とやらない。だから飽きられないんですよ」と説明する。

地道に続けてきたことで、今ではすっかり秩父の名物になり、同商店街は先ごろ、全国の「がんばる商店街77選」に選ばれた。街路灯整備の補助金など行政の支援も得られ、「まちづくりにもつながった」(島田さん)。このガス灯風の街路灯は今、東京から31年前に嫁いできた妻良江さん(55)が「日が暮れると真っ暗闇だった」と言う、みやのかわ大通りをこうこうと照らしている。

この街には、色々なストーリーが詰まっている。

2010年1月19日火曜日

東町  秩父<この街に生きる

東町  秩父<この街に生きる
2006年6月7日 読売新聞を抜粋編集

秩父鉄道御花畑駅を囲んで広がる〈東町〉。東西に東町通り、南北に番場通りが走り、商店が軒を連ねる。明治、大正期の洋風建築物が今も各所にその姿をとどめる“ハイカラ”な街だ。

東町商店街協同組合は4月、100万人を超す来場者を集めた芝桜まつりに合わせ、秩父神社の夏の例祭・川瀬祭の屋台を2日間にわたって引き回した。初めての試みだったが、「ワッショイ」「ホーリャイ」と、威勢のいい若衆、囃(はや)し役の娘たちの掛け声が東町通りに響き、極彩色の豪華な屋台を一目見ようという大勢の人でごった返した。

2010年1月18日月曜日

「全市町村にゆるキャラを」 埼玉県“超観光立県”を宣言

「全市町村にゆるキャラを」 埼玉県“超観光立県”を宣言
2010.1.12 産経新聞を抜粋編集

埼玉県の上田清司知事は、平成22年を「埼玉観光元年」と位置づけ、「超(ちょ~)観光立県」を宣言した。手始めとして、県内全70市町村に、地域の“顔”となるご当地キャラクターをつくるよう求めるという。11月に各地のキャラクターを集めた「ゆるキャラサミット」を開催し、観光客呼び込みを狙いたい考えだ。

上田知事は会見で、「海なし、温泉地なし、世界遺産なしの埼玉県は常に新しい切り口の観光プログラムで大胆に勝負する」と力強く述べた。

県によると、20年に県内の観光地を訪れた観光客は約1億1400万人。23年に観光客を約350万人増やすことが目標という。

県観光課は「平成21年はNHKの連続テレビ小説『つばさ』の舞台となった川越市の観光客が3割増えた。観光は県の次世代産業として将来性がある。観光立県を宣言することで“つばさ効果”を全県下に広げたい」と意気込んでいる。

この日の宣言では、「日本一の日帰り観光県を目指す」「東京を訪れる観光客を積極的に横取りする」などの方針が盛り込まれた。

また、ご当地キャラクターのほか、全自治体にご当地グルメや旅行商品の開発を求めることや、県のアンテナショップの売り上げを2億円にするなどの3年後の目標が示された。

現在、県内のキャラクターが集まる「ゆる玉応援団」に参加するキャラクターは18市町の24体。キャラクターをつくる場合、県のふるさと創造資金で着ぐるみ代などが最大100万円を上限に半額まで補助されるという。

上田知事は「ゆるキャラは好まれる傾向にあり、生かさない手はない」と期待。

2010年1月17日日曜日

知事、内山高志選手にスポーツ功労賞

知事、内山高志選手にスポーツ功労賞
2010年1月16日(土) 埼玉新聞を抜粋編集
 
 世界ボクシング協会(WBA)スーパーフェザー級王者に輝いた春日部市出身の内山高志選手(花咲徳栄高出)への「彩の国スポーツ功労賞」贈呈式が15日、県庁で行われ、上田清司知事や奥ノ木信夫県議会議長から表彰状と記念品が手渡された。

 内山選手は所属するワタナベジムの渡辺均会長、恩師の木庭浩介・同校監督らとともに知事室を訪れた。不屈の闘志で世界を制した30歳の新王者を「埼玉版のロッキーだ」と評した知事は「試合を見て感動で体が震えた。ボクシングの世界では引退するような年齢だが、ハンディがあっても頑張れば光を見ることができる。県民に夢と希望と感動を与えてくれた」と絶賛。

 県出身で初の世界王者となった内山選手は「このような賞をいただけると思っていなかったのですごくうれしい。今後は防衛を続け、埼玉を盛り上げられるような選手になりたい」と決意表明した。

坂戸の大宮住吉神楽 選択無形民俗文化財に

坂戸の大宮住吉神楽 選択無形民俗文化財に
2010年1月16日(土) 埼玉新聞を抜粋編集

 国の文化審議会(西原鈴子会長)は、坂戸市の「坂戸の大宮住吉神楽」を記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(通称・選択無形民俗文化財)に選ぶよう玉井日出夫文化庁長官に答申した。

 坂戸の大宮住吉神楽は、同市塚越地区で伝承される神楽。年3回の大宮住吉神社祭日に境内神楽殿で演じられている。鈴や幣束などを手に持つ舞や、神話を題材にした黙劇で構成される。一演目中に、儀礼的な所作と演劇的な要素を併せ持つ点が特徴。地域芸能の変遷過程を示すことなどが評価された。現在22演目が伝えられており、このうち神話を題材とする12演目が「十二神楽」と称される。

 選択無形民俗文化財は、重要無形民俗文化財以外の無形民俗文化財のうち、消滅の恐れがある記録や保存、公開に際して国の経費補助を受けられるもの。県内ではこれまで、鶴ケ島市の「脚折の雨乞行事」や秩父市の「中津川の鉄砲堰製作技術」など13件が選択されている。

2010年1月15日金曜日

鉄博、経済効果112億円 さいたま市

鉄博、経済効果112億円 
2009年12月22日(火) 埼玉新聞を抜粋編集

 埼玉りそな産業協力財団(利根忠博理事長)は21日、2007年10月に開館した「鉄道博物館」(さいたま市大宮区)の経済波及効果について、年間111億9600万円との試算を発表した。県内の観光施設としては最大級。埼玉県の産業観光客は増加傾向にあるが、同財団は「埋もれている日帰り観光ニーズの掘り起こしや、日帰り観光客のリピート率向上に向けた一層の施策の充実が大切」と指摘した。

 鉄道博物館の08年度の管理運営に伴う支出額と同年度1年間の来館者141万人が県内で消費した消費支出の合計額は75億6900万円と推計した。

 直接効果でもたらされる1次波及効果は21億800万円、2次波及効果は15億1900万円と算出している。

 鉄道博物館の来館者数は開館の翌年の08年3月に100万人、11月に200万人、09年10月に300万人を記録。現在も休日を中心ににぎわっており、埼玉の新名所として定着した。

番場町 秩父<この街に生きる

番場町 秩父<この街に生きる
2006年6月6日 読売新聞を抜粋編集

秩父市の中心部、国道299号沿いにある秩父神社。その門前町が〈番場町〉だ。正面の鳥居から南へ表参道にあたる番場通りが街を貫き、その両側に多くの商店が軒を連ねる。

番場通りは、1976年まで、同神社の冬の例大祭で、300有余年の伝統がある「秩父夜祭」(国重要無形民俗文化財)の屋台行列のルートだった。

「秩父銘仙」で知られる秩父の絹織物は、江戸時代に主要産業となり、明治中ごろから昭和の初めにかけて隆盛を極めた。番場通りの西にある黒門通りと買継(かいつぎ)商通りには、最盛期、二十数軒もの織元が出張所を構え、全国から買い付け商人がやって来た。

今も出張所の建物が数棟残り、往時の面影をしのばせる。

番場町【地図】

2010年1月10日日曜日

鉄博、経済効果112億円 さいたま市

鉄博、経済効果112億円
 2009年12月22日(火) 埼玉新聞を抜粋編集

 埼玉りそな産業協力財団は、2007年10月に開館した「鉄道博物館」(さいたま市大宮区)の経済波及効果について、年間111億9600万円との試算を発表した。県内の観光施設としては最大級。埼玉県の産業観光客は増加傾向にあるが、同財団は「埋もれている日帰り観光ニーズの掘り起こしや、日帰り観光客のリピート率向上に向けた一層の施策の充実が大切」と指摘した。

 鉄道博物館の08年度の管理運営に伴う支出額と同年度1年間の来館者141万人が県内で消費した消費支出の合計額は75億6900万円と推計した。

 直接効果でもたらされる1次波及効果は21億800万円、2次波及効果は15億1900万円と算出している。

 鉄道博物館の来館者数は開館の翌年の08年3月に100万人、11月に200万人、09年10月に300万人を記録。現在も休日を中心ににぎわっており、埼玉の新名所として定着した。

2010年1月5日火曜日

東洋大 2年連続総合V 箱根駅伝

東洋大 2年連続総合V 箱根駅伝
2009年1月4日(月) 埼玉新聞を抜粋編集

 東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)最終日は3日、神奈川県箱根町から東京・大手町までの復路5区間、109・9キロで関東の19校と関東学連選抜の計20チームが参加して争われ、川越市を拠点に活動している往路1位の東洋大が通算11時間10分13秒で2年連続2度目の総合優勝を果たした。総合連覇は2002~05年まで4連覇した駒大以来。

 最優秀選手は山上りの5区で区間新をマークした柏原竜二(東洋大)が2年連続で選ばれた。

 坂戸市を本拠とする城西大は復路3位の健闘を見せ、総合11時間17分53秒で創部以来初となる6位に食い込み、初のシード圏を獲得した。東松山市にキャンパスがある大東大は18位だった。

幸せの手 幸手市<この街に生きる

幸せの手 幸手市<この街に生きる
2009年12月1日 読売新聞を抜粋編集

「幸せの手」という縁起のいい市名にあやかり、幸手市では「幸せ」「ハッピー」を冠した街づくりの取り組みが盛んだ。

市名にちなんだモニュメント作りを市から頼まれた彫刻家小林晃一さん(52)は、幸手のイメージをこう膨らませ、1990年、彫刻「しあわせの手」を制作、市役所玄関前に展示した。「昔から幸手という地名が好きだった。幸手を象徴するものを考えた時、自然と『しあわせの手』に行き着いた」と話す。

「物作りは自分に向き合い、自分を知ることができ、完成作品はコミュニケーションの道具になる。手で物を作るのはとても幸せなこと。それを子どもたちに伝えたい」。小林さんは笑顔で語った。

2010年1月4日月曜日

らき☆すた 幸手市<この街に生きる

らき☆すた 幸手市<この街に生きる
2009年11月24日 読売新聞を抜粋編集

宿場町の風情を残し、歴史を生かした街づくりを進める幸手市に、近年、“異文化”が流入した。地元を舞台とする人気アニメ「らき☆すた」の出現だ。

「らき☆すた」は、幸手市出身の漫画家・美水(よしみず)かがみさん(32)(さいたま市)の4コマ漫画。個性的な女子高校生らの日常を描いている。2007年4月にアニメ化され、テレビ放映されるなどして人気が高まった。アニメ版に登場する神社のモデルとなった、隣の鷲宮町にある鷲宮神社など、アニメゆかりの“聖地”を巡る多くのファンが幸手市にも訪れるようになったのだ。

幸手が観光客でにぎわうのは、堤の桜が満開になる春だけ。年間通じて何かできないか――。こう考えていた山内さんは、「これをいかさない手はない」と、「らき☆すた」を活用した街づくりに着手した。

先行して取り組んでいた鷲宮町商工会にも相談しながら、同年末、登場人物をデザインした券を使い、声優や美水さんのサイン色紙を景品にした歳末大売り出しの抽選会を実施。七つの商店街などで前年比約700万円増の売り上げを果たした。

今年3月には、美水さんが昨年まで暮らした市内の民家を活用し、主人公の部屋を再現するなどした「美水かがみギャラリー幸手」のオープンを手がけた。

地元では、アニメ文化を街の活性化につなげようとする動きが広がっている。

ギャラリー開設を機に、昔ながらの「栗どら焼」にクリームチーズを入れてアレンジした「聖地巡礼 栗どら焼」の販売を始めた「石太菓子店」の中村広子さん(50)は、「幸手の街がこんなに盛り上がるなんて……」と驚く。ファンが「聖地巡礼」のようにゆかりの地を回ることにちなんだこの商品は、ギャラリーの売店と店舗のみで扱うが、「お土産用に」と買っていくファンが後を絶たない。

初詣で人気衰えず 「らき☆すた」鷲宮神社

初詣で人気衰えず 「らき☆すた」鷲宮神社
2010年1月3日 埼玉新聞を抜粋編集

 2010年の初詣で。人気アニメ「らき☆すた」の舞台となった鷲宮町の鷲宮神社には、今年も大勢のファンが参拝に訪れ、にぎわいを見せている。アニメ放映から2年半が経過しているものの、効果は持続。作品の人気、受け入れる地元の熱気ともに衰える様子はない。3月の久喜市などとの合併で鷲宮町の名は消えるが、「らき☆すた」の〝聖地〟は変わらず盛り上がりそうだ。

 鷲宮神社の正月三が日の人出はアニメ放映後の2008年に30万人、09年は42万人で県内2位に浮上した。

 人気は国内にとどまらない。昨年4月に来日した越谷市のドイツ人留学生、マティアス・ワーナー・ヴェルナーさん(24)は「鷲宮神社でフィギュアと一緒に初日の出の写真を撮った」と、初めての初詣でにご満悦の様子。「らき☆すた」の名はドイツでも若者を中心に知られているという。

2010年1月2日土曜日

囲碁の街 幸手市<この街に生きる

囲碁の街 幸手市<この街に生きる
2009年11月17日 読売新聞を抜粋編集

東武日光線幸手駅から幸手市街を東に通り抜けた先に広がる、のどかな田園地帯。この一帯に、江戸時代以降の囲碁界の代表的家元「本因坊(ほんいんぼう)」の名を受け継いだ、囲碁の達人3人の墓が点在している。長年、周囲にはその存在をほとんど知られずにきたが、2003年以降、市の調査で相次いで見つかり、話題となった。これを機に、市では地元ボランティアらの指導の下、すべての小学校に囲碁クラブができ、子どもたちの間で囲碁への関心が高まっている。

本因坊は、江戸時代にあった四つの家元の一つ。初代(一世)は日蓮宗の僧侶だった算砂(さんさ)で、信長、秀吉、家康と、時の権力者に仕えながら、当時の囲碁界をリードした。世襲最後の二十一世秀哉(しゅうさい)が引退した1939年からは、実力制のタイトル戦「本因坊戦」の勝者に、本因坊の称号が与えられるようになった。