2010年8月18日水曜日

【名作の舞台】井伏鱒二「武州鉢形城」の舞台 寄居

2010.8.17 産経新聞を抜粋編集

 井伏鱒二の小説「武州鉢形城」は、井伏本人である主人公の「私」が、机の材料として入手した赤松の木材に、鉄砲玉が食い込んでいるのを発見したことをきっかけに物語が始まる。

 その木材は、鉢形城の屋敷跡から切り出され、現深谷市針ケ谷の弘光寺の庫裏(くり)にあったという設定だ。鉄砲玉に興味を抱いた「私」は、弘光寺の住職、郷里に住む退役軍人の老人との文通を通じて、鉄砲玉に込められた歴史をひもといていく。

 作品名にもなっている鉢形城は戦国時代の平山城。天正18(1590)年の豊臣秀吉の小田原攻めで、北条氏の支城だった鉢形城も豊臣方の猛攻を受け開城、間もなく廃城となった。戦国期の城郭をほぼ完全に残す貴重な遺構で、昭和7年に国の史跡に指定された。平成16年に公園として整備。歴史館も開設された。

 7月末、町教育委員会生涯学習課の石塚三夫主査の案内で城跡を歩いてみた。「荒川に面した高いがけと、支流の深沢川の深い谷が敵の侵入を阻む天然の要害でした」との石塚さんの言葉通り、各所に急な斜面がある。

断崖(だんがい)の上の御殿曲輪跡からは荒川と町を一望でき、深沢川では、近所の子供たちが水遊びに興じ暑さをしのいでいた。井伏も、こののどかな風景を見ながらかつての合戦に思いをはせ小説の構想を練ったのかもしれない。
(門倉千賀子)